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On the Day Project 1st March / RUNIT dome

On the Day Project 1st March / RUNIT dome
a view of RUNIT Dome

2006/10/30

No.7 マーシャル:核実験場エニウェトク環礁について

1947年12月21日エニウェトク環礁の住民136人がウジェラン環礁へ強制移住させられた後、1948年4月15日アメリカは核実験を開始。
1957年、もう一つの実験場ビキニ環礁では、帰島した住民が残留放射能により被曝し再び島から離れるという事件が起きたが、ここエニウェトクでは環礁の土壌を汚染した放射能の浄化がなされ、1980年4月8日、450人の住民が帰島した。

島がネックレスのようにつながる環礁では島それぞれに役割があり、ここエニウェトクにも「住むための島」、「農業のための島」そして交流を楽しむための「ピクニック・会食の島」など環礁という環境から生まれた海と人と島に根差した伝統的な環礁の生活があった。しかし、実験区域となった環礁北部の島々は放射能汚染のため使用を不可能にしていた。

33年ぶりに住民は帰島を果たしたものの、エニウェトク環礁での生活システムは、以前に戻る事はなかった。
人々は、自分たちの生活を奪った放射能汚染を「ポイズン」と呼んでいる。
四半世紀経ったエニウェトク本島では現在もアメリカのローレンスリバモア研究所が白い繭のような観測施設を置き、環境放射能を観測する中で、また保障や支援と言う名目で自然環境に持ち込まれた消費文明社会からの物質の波を受けた生活の中で暮らしている。


統計によると人口53,000人の半数が首都マジュロに住み、四分の一がアメリカのミサイル防衛基地のクワジェリン環礁住んでいる。そして年齢構成では15歳以下が人口の半数を占めている(2003)。マーシャルは実に子供の姿が多く、ここエニウェトクでも同様だ。そして、何よりも彼らの笑顔は頭上の太陽のように明るく輝く。
そんな彼らは今の環境の中で育っている。

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Photo and Text by nnogci